丁寧に書くこと、継続することの大切さを思い知りました
計画倒れにならないように!
おはようございます。
本日は、20年後までの計画⁈のようなものを書いてみました。
今までの20年と、これからの20年の違いに驚愕してしまいました。
これからの20年は、老いとどう向き合うか?も課題ですし、まだまだやりたい事が沢山あることにも気がつきました。今まで、先延ばしにしてきたことは、いつやるんだ?すぐにでも始めないと足腰が、老眼がと言い訳しか出てこなくなるでしょうね。なんとなく、やり過ごして生きてきた今までに反省しながら、人生設計の大切さを感じました。目標を掲げたら自分との約束を遂行する!これは、来年からと言わず今から即、実行したいと思います。
丁寧に書くことの大切さを思い知りました。
私は、頭の中だけで考えていても、新しい情報が舞い込んでくると考えていたことを直ぐに忘れてしまいます。何が、重要なのか優先順位も必要だと思います。その優先順位を頭の中でけで組み立てるには難しいと感じています。日頃からメモや手帳に書き込みもしていますが、それでも自分との約束を果たせないままでいます。思い返せば、手帳への書き込みは、なぐり書きが多く雑然としています。誰かに見せられるような可愛い手帳とはかけ離れています。ここに原因があったように思われます。丁寧に書くことは『自分を大切にする』ことに通じると思います。どの時間も自分が生きる時間です。手帳を雑に扱うことは、自分も雑に扱っていることかもしれません。『自分を大切にする』ことは、家族、友達、周りの人達、そして物や時間、お金も大切にすることではないでしょうか。誰かと喧嘩した日の気分は最悪です。そして、物は言葉を話しませんが、物にだって大切にされたい気持ちはあるのかもしれません。しかし、書くことはどうでしょうか?物を扱うよりも雑になりがちです。手帳を毎年1月は丁寧に書きます。2月や3月になれば「自分が読めればそれでいい」なんて思うようになり、12月には、来年こそ丁寧に書こう!と誓います。これを何年も続けていれば、そのうち人生の幕が降りてしまいます。いつか丁寧にやろう。その時が、いつか来るだろうと思うだけでは、現用維持のままになってしまいます。
継続する!
丁寧を継続させることが、今からの目標です!
お気に入りのペンや手帳もスタンバイしています。『私は、私を大切にする!』そのために継続させる!『私は、私を裏切らない!』『私は、私との約束を守る!』こんな感じで意気込んでおります。さて、1年後の私は、成長しているのでしょうか⁈それとも、老いまっしぐらでしょうか⁈ まずは、今年2024年の残り16日間(今日を含め)を継続させ、来年以降もずっと継続できるようブログで報告していきますね。
それでは、また明日👋
自分を大切にできるのは自分
おはようございます。
3年ぶりにブログを書きはじめて1週間目になりました。
目標は、まず3週間続けることです。
次は、3ヶ月、1年、3年…続けていきたいです。
ところで、ここ数日はブログを誰にも読まれていないので、『秘密の部屋』のように1人で楽しんでいます。
最近、めっきり寒くなってきましたね。
歳のせいなのか夜中に目が覚めるようになってきたのですが、今日は久々に熟睡できました。
就寝中に足が冷えていて目覚めることが多々ありますが、昨日はレッグウォーマーを履いて寝ました。このレッグウォーマーですが、素材をシルクやウール、コットンなど天然素材に拘りたいと思っています。暖かさを重視します!秋にウールの毛糸を手に入れたので、早速レッグウォーマーの製作に取り掛かりたいと思います。因みに編み物は、ほぼ未経験です。何日で編めるのでしょうか?目標は、1週間で2枚です。無理かな…⁈全く想像がつかないです。
物心ついた頃から既製品に囲まれた生活をしてきましたが、自分で何か作り出すことに憧れています。これが、仕事だと一生懸命に製作するのでしょうが、自分のために作ろうと思うとダラダラと怠けてしまうのは何故でしょうか?もっと自分との約束を守ってあげたいし、自分を大切にしたいです。自分のことを一番大切にできるのは自分のはずなのに何故だか後回しになってしまいます。自分で自分のために物を作ることは、最高に幸せな時間のはずなのにね…。
それでは、また明日👋
12月は忙しい⁈
こんばんは。
12月もいよいよ中盤に差し掛かってきましたね。
一日一日がとても早く感じます。
12月は、特に早く過ぎていくような気がします。
毎年のように、大掃除しなくても日頃から綺麗にしよう!と新年に誓いますが、実行できていません💦
そういえば、子供の頃は、日が暮れるまでとても長く感じました。
自分のことだけやっていたからでしょうね。
家の事も手伝い程度で、責任も伴わないですし、気楽に生活していましたね。
大人になると、仕事や家族の事、地域のことなど盛りだくさんです。
そして、自分のことは後回しになりがちです。
これをやりたい、あれをやりたいと思いつつ、時間が無いと言い訳している自分がいます。
自分軸で生きたいけど、家族がいると、そういうわけにはいかないことも多々あります。
それでも最近は、ちょっとだけの時間を作るようにしています。
5分だけでも好きなこと、やりたいことをする。
やらなければモヤモヤしますが、ちょっとでもやると少し満足感が得られます。
そして、最大の悩みどころは、スマホに時間を奪われないようにする。
ちょっとだけのつもりが、1時間くらいになっていたことがあり驚愕してしまいました。
忙しいと思い込んでいるだけなのかもしれません。
ちょっとスマホを置いて、好きなことに集中すれば、忘れていた何かが思い起こされ、ワクワクした時間になります。
時間といえば、ちょっぴり早起きした日は、自分の特別な朝時間になります✨
ホットココアを入れ、お気に入りの本を読む至福の時です。
最近お気に入りの本は、2006年発行、ロビン・シャーマさん著書の『3週間続ければ一生が変わる』です。約20年ほど前の本ですが、私の人生の教科書のような本です。
小さな習慣を積み重ねると何かが変わるかもしれません。
習慣といえば、毎日ブログを書くことを目標に掲げましたが、昨日はお休みしてしまいました。
いわゆる“サボり“です。
どういう時に私はサボるのだろうか⁈という実験をしていました(言い訳です💦)。
結果は、夜にブログを書くよりも日中の夕方までに書く方が、私には向いているということが分かりました。
まあ、こんな日もありますが、ボチボチ続けていこうと思います。
それでは、また明日👋
紙の手帳
こんばんは。
今年も残すところ、あと20日になりましたね(今日を含め)。
長年、紙の手帳を使い続けていますが、紙の手触りが大好きです。そして、手帳に記入する時間は、自分だけの特別なひとときになります。
『お気に入りのペンと手帳』を選ぶ時間も楽しくて仕方ありません。
私だけの物語が1年ごとに更新されていく…。
時々、過去の手帳を見返し、過去の自分と現在の自分が対話をします。記憶だけ過去に戻り、現在の自分に申し訳なさそうにする。「もっと、ああすれば良かったね。」反省大会のようなことをしてみたり、楽しかった事に思いを馳せながら幸せな気持ちになることもあります。そして、何より成長も感じられます。「ちょっと、考え方が柔軟になったね。」と自分を褒めることもあります。自分だけの至福の時間を大切にしていきたいと思います。
手帳に記入する時間は、ゆっくり流れているように感じるのです。
勉強する時間も好きです。
子供の頃は、あんなに勉強の時間が嫌だったのに…。
大人になって、貪欲に学びたい気持ちが強くなってきました。
ただ、思い返してみると、幼稚園の頃は、勉強が好きでした。
自分の名前が書けるようになり、ひらがなが読めるようになり…楽しくて仕方がなかったことを覚えています。いつから、苦手になったのかな⁈
そういえば、私が小学生の頃は、まだ先生の体罰が横行していました。
忘れ物をしたり、遅刻した生徒に先生が体罰を与えるのです。
それを傍観するしかない他の生徒たち。
毎日、怯えて過ごした小学校3、4年生。
生徒の中にも暴力や暴言を吐く子が出てきて、険悪な雰囲気のクラスでした。
授業中にウロウロするなんてことは許されず、もちろん居眠りなんてもってのほか。
宿題を忘れると、先生からの平手打ちが待っているため、帰宅後は必死で宿題をしました。
時間割も必死でこなします。勉強は、強制やノルマのように思っていました。
今、思い返しても悲しい小学校生活です。先生の怖い顔しか想い出せません。
隣のクラスの先生は、穏やかで優しそうで羨ましかった。
それでは、また明日。
人生で一番古い記憶
赤ちゃんの頃の記憶が、幾つか記憶に残っています。
ベッドに寝かされて、赤ちゃん用のメリーが頭上で回っているのですが、「暇だな〜、早く動きたいな」とおぼろげな記憶もありますし、ハッキリと覚えているものもあります。
お出かけ中に疲れて、抱っこして欲しいのにしてもらえず、写真を撮られて泣いていた記憶です。その日は、3歳上の姉が3歳の時の七五三でした。私は、生後7ヶ月です。母が、朝から姉に着物を着せ忙しそうにしていました。しかし、いつもの普段着のような服を着せられ不満でした。
「お洒落したい、綺麗な服を着たい!」と言っているつもりなのですが、母には伝わりませんでした。ただ泣いている赤ちゃんなのです。
姉が7歳の時の七五三は、私が3歳になり着物を着せてもらった記憶があります。その時は、やっと綺麗な着物が着せてもらえたと喜んだものです。
赤ちゃんでも思考はあるのだと思います。
大人が話している言葉の意味も理解していましたし、状況もある程度は理解していました。
今日は特別な日だとか、忙しい日、親の機嫌が悪いなど分かっていました。
姉が、幼稚園に入園する前に制服を着て喜んでいたのも覚えています。
特別な日は、特に記憶に残っていますね。
明日
こんにちは☺️
今日のテーマは、『明日』です。
日々のルーティンで、明日の予定を立て、明日の準備をする。そのことが当然のことのように思っている。明日は、本当に来るのだろうか?来ると信じていたい。
私は、夜中に金縛りに合うことがあるのですが、その時は、「あ〜、このまま、この世とお別れするのは嫌だ」と思うのです。朝、目が覚めた時は、生きていて良かったと安堵します。
今、私はここにいる。
そして、私の存在を意識する。
しかし、私の存在を確かめるには、まず自分に触れるてみる。
そして鏡を見る。
それでも、何故か不安になってしまう。
私は、本当にこの世界で存在しているのだろうか?
もし、この世界の生物が、私1人だったとしたら、私は存在しているといえるのだろうか?
私は、次の行動に出る。
存在を確かめるために、私は家族に触れる。
そして、家族に話しかける。
そうすると家族が、私に話しかける。
ここで、私はやっと自分の存在がここにあるのだと認識する。
私は、今を生きるのが精一杯です。
明日の予定を立ててみても、不安になることがあります。
明日を生きるために今日を精一杯に生きる。
この精一杯が、自分が納得できていないのかもしれない。
もっと出来るのではないか?
もっと頑張れるのではないか?
そう思ってしまうのです。
少しくらい休憩したり楽しんでもいいじゃないか?
そう思いながらも、怠慢だと自分を責める。
この世界は、変化が早過ぎて、私には追いつけそうもありません。
それなのに、どんどん明日がやって来る。
気がつけば、今年もあと3週間。
今日を生きた証のためにブログや日記を書くことにしました。
私には、継続力も、これといった特技もありません。
しかし、好きな事はあります。
不器用ですが、物作りが好きです。
好きだけど、時々しか作れません。
また、そんな自分を責めてしまい、好きが好きでなくなる。
そして、思い出した頃に、また好きになる。
この好きなモノづくりを特技にしたい。
何か完成したら、画像をアップしますね🎵
こんな私でも、何とか生きています。
それでは、また明日…。
未来について。
こんばんは。
今日は、『未来』についてお話ししていきます。
様々な不思議体験を通して、未来について考えることがあります。
不思議な体験については、後々つづっていこうと思います。
今回のテーマは『未来』。
今、私たちが生きているのが現在ですが、未来が予め決まっていたとしたら?
本来の考え方では、未来を現在の私たちが築き上げていくものだと認識しています。
しかし、「宿命」「運命」という言葉をご存知だと思いますが、「宿命」とは、生まれた時か
ら決まっており変えることができない。そして、「運命」は、自らが変えることがで
きるとのこと。
この「運命」に着目してみたいと思います。
未来が決まっているとなると、変えようがないと思われるでしょうが、「運命」なら変更可能
ということです。
先ほどの不思議体験ですが、私は時々、予知ができます。
ただ、私だけが特別できるわけではないと思っています。
本能のようなものではないでしょうか。
予知ができるということは、未来が予め決まっているということです。
この予知についてですが、なぜできるのか?
それは、未来が変更できるということに、ようやく辿り着きました。
あなたなら変更できるでしょ?ということで、予知によってお知らせがあったのだと思いま
す。
これが「運命」というわけです。
しかし、予知というのは、その時になって初めて予知だったと気づくのです。
どうやら私って未来予知できるよね。ということに最近になって気づいたのです。
先にお話ししておきますが、全てにおいて予知ができるわけではありません。
私の場合は、人命に関わることが多いです。
人によって、予知の得意不得意な分野があるような気がします。
話は、脱線してしまいましたが、今回は未来についての話です。
率直に言えば、もし、未来の自分が存在するとすれば、未来は既に存在するということです。
しかし、その未来の自分の人生を変えられるのも自分です。
今のままの自分でいくか、少し変化した自分になるのかは、自分で選択できるのです。
ただ、この選択肢が沢山ありすぎるのも悩ましいですね。
この選択ですが、本能のままに行動すれば「宿命」というわけです。
例えば、嫌なことがあって自暴自棄になり、お酒を浴びるほど飲んだとします。
その際に、《飲み過ぎたら身体に悪いのでは?》と、心の声が聞こえませんか?
若しくは、家族や友人や誰かに注意されたり心配されたりませんか?
それが、運命の扉かもしれません。
この運命の扉に少し耳を傾けてみませんか?
しかし、悪魔の囁きなら無視しましょうね。
この運命の扉を開いた時に未来が少しずつ変わっていくかもしれません。
私の人生は、本能のまま生きてきたため沢山の運命の扉は、開かれませんでした。
生きていれば、辛いことや悲しいことも沢山あります。
しかし、運命に逆らわなければ、もう少し違う自分がいたような気がしてなりません。
ただ、ブログに綴ることで何かが変わるような気がしました。
もう既に未来は決まっているかもしれません。
おそらくプログラムされて生まれてきているのでしょう。
もし、未来の自分が、現在の自分に語りかけるとしたら、何を話しますか?
今、必要なことや情報が目の前にあるかもしれません。
見逃していませんか?